東京湾に面した三井造船・千葉造船工場。ドックに隣り合った事務所棟に「技能伝承センター」の看板が掛かっている。その扉には、ヘルメット姿の年配者の顔写真が並ぶポスター。スキルマスターと呼ばれる高い技能を持ったベテラン技術者28人で、若手の指導・育成が仕事である。 同工場の技術者の49%を占める約300人(協力会社社員を除く)が51歳から60歳。70年代半ばから80年代にかけての造船不況で採用が手控えられ、次世代を担う中堅層が極めて薄い。組織的な手当てが急務になっているのだ。 同センターは昨年1月に発足。着実に成果を挙げ、若手にも好評だという。スキルマスターの加藤光雄課長(59)や古川栄二郎課長補佐(57)は、韓国や中国で技術指導の経験がある。加藤さんらは「日本人は技能を共有し、互いに提案してよくしていこうとするのに対し、韓国や中国は自分が身に付けた技能は他人に教えたがらない。技能をきちんと伝承する日本のやり方は強みだと思う」と話す。 ◆マイスター制度 工具・機械部品大手の不二越。カーエアコン用ベアリングや、ジェットエンジンなどを造る際に使うクリスマスブローチと呼ばれる切削工具では世界トップのシェアを持つ。2004年に火星に着陸した米航空宇宙局(NASA)の無人探査車にも同社製部品が使用された。 定年退職のピークは2000年から04年にかけてだった。この間、約1000人が定年を迎えたが、ベテラン技術者が技能を伝承する「マイスター制度」を導入して乗り切った。 しかし、それだけでは終わらせなかった。全社員の技能水準の底上げと、製造現場のリーダー育成のため、04年に人材育成専門会社を設立したり、ベテラン技術者による指導体制の整備、さらに技能士などの国家検定の受験を促すなどして一人一人のスキルアップに取り組んでいる。 開発本部の森下正・副本部長は言う。「機械部品は四季だけでなく、朝夕でも微妙な違いが生じる。ここに人間の感覚が求められる。技術者が培ってきた経験はわが社の財産。これを伝承していかないといけない。これからもより精緻(せいち)なものを追求していく」 ◆厳しい中小企業 大手に比べ、中小企業は総じて厳しい。 金属食器で知られる新潟県燕市。優れた研磨技能を持った職人が高齢化し、この先じり貧になるとの危機感が漂う。このため燕市などが中心となって昨年5月、研磨技能の伝承を目指し、「燕市磨き屋一番館」を立ち上げた。 鉄骨平屋建ての施設には60代の研磨のベテラン3人が20代から30代の研修生7人を指導している。全国的にも珍しい取り組みのため、連日のように見学者が訪れる。 町工場が集中する東京都大田区。北嶋絞製作所はヘラ絞りという金属加工技術を持ち、半導体製造装置など精密さを求められる製品を得意としている。技術者の平均年齢は約50歳。「一人前になるには年数を要することもあり、昨年は定年を迎えた人に残ってもらった」と北嶋実代表取締役。 ◆新市場にも感触 日本企業は高齢化だけでなく、経済のグローバル化という問題にも直面している。海外戦略をどう描くか。ノーベル賞授賞式の晩餐会用の食器を提供している山崎金属工業(本社燕市)の山崎悦次社長は「良い物を作っていれば売れるという時代ではない。世界戦略は人材育成も必要だ。わが社はメード・イン・ジャパンで売っていきたい。新しい市場、ロシアの感触もつかんだ」と自信を見せる。地場産業の生きる一つの道といえる。
http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200807250017a.nwc
(2008年7月25日 FujiSankei Business i.)
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